今年もよろしくお願い致します。

 今年は新しい礼拝の場所を定めたいと願っています。
4月からの礼拝は新しい環境で捧げたいと準備を進めています。駐車場の問題があったりと完璧な環境ではないかもしれませんが、一歩前進という感じです。

 2024年度は横須賀市内の単立教会と合同の礼拝を四半期に一度行ってきました。この1月19日が4回目になるのですが、「ひかりのこ」として歩むということを中心テーマにみことばを開きたいと思っています。

 私たちが「神のかたち」として造られた存在であることを共通のテーマとして語ってきましたが、そのまとめでもあり、エールでもある…そんな説教をイメージしています。

聖霊降臨日

聖霊さま来てください。 あなたの忠実な人々の心を満たし、 あなたの愛の炎を彼らの中に燃え上がらせてください。

聖霊さま来てください。あなたの光の輝きで、わたしたちを照らしてください。

貧しい人の父、心の光、証しの力を注ぐ方。
やさしい心の友、さわやかな憩い、ゆるぐことのないよりどころ。
苦しむ時の励まし、暑さの安らい、憂いの時の慰め。
恵み溢れる光、信じる者の心を満たす光よ。

あなたの助けがなければ、すべてははかなく消えてゆき、だれもきよく生きてはゆけません。

汚れたものをきよめ、すさみをうるおし、受けた痛手をいやす方。
固い心を和らげ、冷たさを温め、乱れた心を正す方。

あなたのことばを信じてより頼む者に、尊い力を授ける方。
あなたは私の支え、恵みの力で、救いの道を歩み続け、終わりなく喜ぶことができますように。
アーメン。

THY KINGDOM COME (5/18-5/28)

『Thy Kingdom come(み国が来ますように)』は、昇天日から聖霊降臨日にかけて行われる、世界的な祈りの運動に付けられたタイトルです。この運動は、2016年にイギリス国教会に向けて発せられたカンタベリー大主教とヨーク大主教の呼びかけによって始められ、世界的な運動に成長しています。

https://www.nskk.org/province/blog_pdf/2022_thy_kingdom_come_leaflet.pdf

https://www.thykingdomcome.global/ja

母の葬儀

私は裸で母の胎から出て来た。また裸でかしこに帰ろう。
主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。
ヨブ記1章21節

                                      

 2022年12月24日に母の葬儀を執り行いました。

 前週の木曜日頃から体調を崩した母でした。8月に右肩の脱臼が原因で入院をし、転院を経て11月28日に退院後、自宅で療養していました。

 12月20日の午後に訪れた際には静かに呼吸して眠っていましたが、20時過ぎに家族が看取る中、静かに息を引き取りました。

 12月25日は母の86歳の誕生日で、入院中から一緒にお祝いをする約束をし、その日を楽しみにしていましたが約束は果たせませんでした。
棺には誕生日にはいつも家族と共に食べていた苺のショートケーキと約束のお寿司を一緒に入れました。

 2018年12月21日には父を見取り、24日に葬儀を執り行ったのですが、同じ12月24日が母の葬儀と日となりました。それだけでなく、21日と20日と、まるで後ろをついていくかのように息を引き取った母を思い、なんだか母らしいなぁ・・・と思いました。

 遺影に使うために母の写真を探しましたが、前に出ることなくいつも一歩後ろに写っているように感じました。

 いくつか候補を選んだ中から妹と相談して、孫の姿を目を細めて見つめている写真を最終的には選びました。父の写真を入れていたフレームも交換して、夫婦おそろいのフレームにして葬儀に持って行きました。

 母の葬儀に思ったことは、人は何も持たずに生まれ、何も持たずに死んでゆくのですが、生きた証し(内村鑑三の『後世への最大遺物』を思っていました。)、あるいは、人生の中で何かを(形があるものであれ、形のないものであれ)残したり、託したりするという事でした。(もっと積極的には、この地上に残すということ以上に、天に宝を蓄える生き方もできるのですが・・・。)

 何も残さない人はきっと一人もいないと思います。母は私たちにたくさんのやさしさと思いやりと思い出を残してくれました。

 一緒に笑ったり、一緒に泣いたり、怒ったり怒られたり、時には喧嘩したこともあったでしょう。それらすべてが大切な宝物になって心の中に残っていることを思いました。

感謝しつつ

ボーっと…。

チコちゃんに叱られる!をボーっと見ていたら「へそくり」の回で、梅花女子大学の米川教授がご出演の背景に、本棚の中に榊原康夫先生やウィリアム・バークレー先生やら加藤常昭先生の本がボーっと映っているではありませんか。

教会の牧師としてもご奉仕されていらっしゃること初めて知りました。

このブログについて

 このサイトの中に設置しているブログは、しばらくの間はファローシップの準備に関するお知らせやフェローシップ自体の紹介をはじめとして、日々の生活の中で考えたことや気が付いたことなどを書き綴って行きたいと思っています。
 そのようなことを通して、少しでもフェローシップと自分自身(フェローシップの設立に向けて準備をしているリーダー的存在)の考えていることや人となりが伝わったらと思っています。