
鹿が涸れ谷で水をあえぎ求めるように神よ、
私の魂はあなたをあえぎ求める。
神に、生ける神に私の魂は渇く。
詩編42編2-3節
子どもたちと、夜に詩篇42篇を読みました。
「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように 神よ 私のたましいはあなたを慕いあえぎます。」(新改訳2017)
何度となく讃美の歌詞としても味わってきた“みことば”ですが、それほどまでに切実に渇きを覚えて求めているだろうかと思わされました。
諦めている訳でもなく、現状に満足している訳でもないけれども…渇いていない魂の現実にさえも心が向かうことなく、日常に流されているように思わされた夜でした。
公に書き記すにはふさわしくない文書なのかもしれませんが、正直な気持ちなのです。
自分が心底渇いているという意識もなく、それほどまでに主を求める心の不在を意識することもなく日々過ごしている自分の姿を見た気がします。